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僕がB.A.S.Sへの参戦を決意したのは、JBバスプロ一年目の2000年の春のことだった。チャプタートーナメントに2年参戦し、3年目(バス釣りを始めて4年目)にJBバスプロ登録をした。満を持して望んだプロシリーズは、僕の想像していたものとは大きく異なっていた。参加人数は1000人を超え、出艇するまでに2時間近くを要し、どこにいってもボートだらけ。結局、帰着の際に立ち寄ったスロープ沖のウィードモスでキロフィッシュを1本手にしただけだった。それは、正直「プロトーナメント」といえるようなものではなかった。それは、B.A.S.S.のトーナメントを体験した後に、なおさらそれを実感できた。この初戦終了後から「このまま、JBプロを続けることが、本当に僕がしたいことなのだろうか?」と考え始めた。そのとき、すでに心の中では、日本でバスプロとして続けていく気はなかったといえる。

アメリカには、いつかは行きたいと思っていた。日本である程度の成績を残してから行こうと思っていた。しかし、日本で続けていくモチベーションを維持していく自信がなかった。「日本で成績を残してから行ってもゼロから。何もなくて行ってもゼロから。とにかく、まずは本場のトーナメントを体験してみたい」いつしかそう思うようになった。

何から手を付ければいいのか。まずは、B.A.S.S.トーナメント記事を扱っているBASSER誌に連絡してみた。すると、日本人でも参戦しやすいUSオープンへの参戦を薦められた。そして、その出場手続きについて教えてもらった。USオープンは、オープントーナメントで日本人や外国人の参加者が多いため、外国人には参加しやすい。

さっそく本部にはアクセスしてみたが、なぜか心の蟠りはすっきりとしない。「なぜ、本場アメリカのトーナメントに出たいのか?」再度自分自身に問うてみた。「本場アメリカのトーナメントといえば、B.A.S.S.。どうせ時間とお金をかけるならば、B.A.S.S.に出たい」僕の気持ちはそうだった。

心のもやもやがすっきりしたように感じた。幸い、僕は2年前からB.A.S.Sの会員だったので、トーナメントスケジュールとかは、会報誌バスマスターマガジンから得ていた。さっそくエントリーの手続きを行った。